2012年2月17日金曜日

カントから澁澤龍彦へと向かう思考の旅

今年に入ってから澁澤龍彦を再考しようと思い、1月初旬に古書店でユリイカ臨時増刊『総特集 澁澤龍彦』を入手した。

何故私は今年に入ってから澁澤龍彦を再考しようと思ったのか、そこに至るには、少なからず思考の旅があった。

去年の暮れに、なにげなく馴染みの古書店に私はふらっと入る。

特に求めたいものがある訳でもなく、書棚を眺めたり、平積みでぎっしりと置かれているユリイカや現代思想、現代詩手帖などを「発掘」していた。

そこに、『カントのアクチュアリティ(1)という1冊が目に留まる。
柄谷行人や浅田彰など4人の共同討議として、その中に黒崎政男のクレジットが目に入った。

私は黒崎政男の著書「カント『純粋理性批判』入門」で、ア・プリオリに認識することの概念を学んだ。
あくまでも、ア・プリオリの概念の表層を舐める程度に、であるが。

現代の論客4人の中にカント研究者・黒崎政男の名を見つけ、この共同討議が興味深いものに思え、私はこの1冊、『批評空間』を買い求めた。

巻頭から始まる26ページもの、しかも3段組みの中身の濃い討議を熟読していくと、浅田彰が言った言葉が気になってくる。

前後のコンテクストを省略し、以下に引用しよう。

浅田
一般に、ヒュームとルソーの衝撃があって、六十年代以降カントが大きく変わると言われますね。そこでルソーの衝撃のほうをもっと突きつめていくと、(中略)ホルクハイマーやラカンが言ったように「サドと共にあるカント(Kant avec Sade)」というのが出てくるだろう。(後略(2)

更に読み進めていく。

柄谷
でも、坂部さんのカント論を読んだとき、ぼくはなんとなくドゥールーズを考えた。ヒューム-ドゥールーズの線でカントを読む。
浅田
それはレトロスペクティヴな錯覚なんで、さっきも言ったとおり、あの段階では、ラカンやフーコーの言うようなルソー-サドの線に近いカント像だったと思いますよ。(中略)
ともあれ、坂部さんご自身も、それを読まれた柄谷さんも、かつてはカントをルソー-サドの線にひきつけて読まれたのではないかと思うけれども、(後略)(3)

このように、浅田彰はカントを読み解く1つのベクトルとして、サドを引用してくるのである。
前述の浅田彰の言葉にもあるように、カントはルソーの思想に強い影響を受けた。
一方、サドは囚われたバスティーユ監獄の中で、ルソーを読み解いていたという。

ここに登場するサドとは、もちろんサド侯爵のことである。

一般社会では特殊なフィルターをかけられて見られてしまうサドは、思想界・哲学の世界では、思想家としての揺るぎない地位を誇っている。

カントにおける「ルソーの衝撃」には、浅田彰が言う「ラカンが言う、サドと共にあるカント」が背景にあることが、私にとって興味深かった。
そこで、私はサドを読み解くことにしようと考える。

再び馴染みの古書店を訪れて、書棚を眺めた。
サドの文献を探すと、そこには当然のように澁澤龍彦の著作が数多く並んでいる。
私はサドを解釈することに至る前に、日本にサドを紹介した人物と言っていい、澁澤龍彦を再考しようと考えたのだ。

これが、カント― 黒崎政男―浅田彰―サドという思考の海を泳いで澁澤龍彦に到達した、私の旅である。

今年の1月下旬、あるパーティーで世話になっている人から、鎌倉、湘南周辺で家を建てたいから設計をお願いしたいと言われた。
ありがたい話である。
土地から探すので、私は早速鎌倉へと足を運んだ。

江ノ電に乗ると、稲村ガ崎を過ぎて七里ガ浜の手前から海が開けてくる。
東京から訪れた人間がその光景を目にすると、非日常の美しい風景に心を奪われてしまうだろう。

この突然に現れる海の風景も私は大好きであるが、鬱蒼とした鎌倉の森が私は気になる。
鎌倉を訪れるたびに、私は澁澤龍彦と鎌倉を重ね合わせて考えてしまうようになった。

澁澤龍彦は、鎌倉の輝く海よりも、鎌倉の深い森のくぐもった緑の匂いに包まれて暮らすほうが相応しいのではないか。
私は澁澤龍彦の、鎌倉小町の家も、北鎌倉の家も見たことは無い。
しかし、澁澤龍彦―三島由紀夫―土方巽―池田満寿夫―四谷シモンといった交遊録を思うと、鎌倉の海よりも、鎌倉の森を私は想像してしまう。

何回か鎌倉を訪れ、土地を見た。
七里ガ浜の山の頂上に土地があるというので、訪れる。

鬱蒼と茂った、主がいなく手入れを放棄された木々の中に入り、庭に出た。
そこには、大きな空と、遥か彼方まで見渡せる静かな海しか見えない。

私はこういう鎌倉の風景が好きだ。


(1) 柄谷行人+浅田彰+坂部恵+黒崎政男 『共同討議 カントのアクチュアリティ』
(2) 『前掲書』p.8.
(3) 『前掲書』p.18.

参考文献
柄谷行人+浅田彰+坂部恵+黒崎政男 『共同討議 カントのアクチュアリティ』
批評空間 19 大田出版 1998年

黒崎政男著 「カント『純粋理性批判』入門」 講談社選書メチエ 2008年

1 件のコメント:

  1. 堀川先生。先日はどうも。カイです。

    僕も三島が好きなのでその流れで、澁澤龍彦のサド侯爵を読みました。カントにはたどり着いていませんが。。。

    こんどそのあたりの話を是非とも聞けたら光栄です。

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