我が街、荻窪の名店がまた一つ姿を消す。
カウンターだけのラーメン屋、漢珍亭。
たぶん店主もラーメン屋ではなく、中華料理屋であるという自負があるのだと思う。
火を前にして鍋をあおるその姿は、職人の域を脱している。
以前から、店主が六十五歳になったら引退すると決めていた理由も、理解できてしまう。
私は、ここの餃子が世界で一番旨いと思っている。
多くの人をこの店に連れて行き、餃子を食べてもらった。
餃子の餡も絶品であるが、焼き方が最高だ。
シンプルなラーメン屋の餃子なのだが、こんな柔らかさとジューシーな味には出会ったことがない。
蒸し加減と、油を少し垂らす絶妙の焼き方にもう出会えないと思うと、この餃子に匹敵する次の店を探すのは困難なことであると感じる。
そして、煮玉子。
今では、どこのラーメン屋にも味付け玉子が置いてある。
荻窪ラーメンは一世を風靡したが、遥か昔にここ漢珍亭からその煮玉子が日本全国に発信された。
だが、姿、形は同じようであっても、やたらとしょっぱい味付け玉子を前にすると、漢珍亭の独特な味付けの一品を思い出さずにはいられない。
私はラーメンそのものは、あまり食さない。
漢珍亭以外の数店に入るだけであるが、玉子をラーメンに乗せることもしない。
荻窪法人会のレクチャーで、料理評論家の山本益博が漢珍亭の閉店をインフォメーションしたというのを知った。
私がそのことを店主に伝えると、店主は山本さんを知らないと言う。
私は、それが素晴らしいと思った。
さすが、漢珍亭は市井のラーメン店である。
メディアの一喜一憂に動かされること無く、六十年以上同じ味を提供してきた。
しかし地元の小さな店を紹介する素晴らしい山本益博の仕事により、最後の味を楽しもうとする客で連日店は満員だ。
私は常連のごとく、餃子のあとにスープ仕立ての絶品の豚足を注文する。
柔らかさが素晴らしいだけでは無く、このようなスタイルの豚足に出会ったことが無かった。
毎週水曜日に、五本だけ豚足を仕込むという。
金曜日に訪れると、もう品切れだった。
一週間に五人前だけの料理に出会うために、木曜日に足を運ばなければならない。
この街中にひっそりと隠れた名店は、四月いっぱいで無くなってしまう。
訪れるべき店ほど無くなってしまう儚さが寂しい。
阿佐ヶ谷には、中杉という串揚げの名店がある。
コストパフォーマンスの良いその店も、四月の中頃で終了するという。
長い間愛され続けてきた店も、店主の高齢化にはどうしようもないのであろう。
閑古鳥が鳴いて店をたたむよりも、連日満員で惜しまれつつ閉店することに、意義を唱える余地はない。
そのようにして消えていく名店が、私たちに語り継がれる伝説となっていくのであろう。
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